東京長高会 メルマガ2008年12月号
東京長高会は関東在住の長野高校出身者による交流会です。 当会は同窓の交流を促進するため年に3回の講演会を企画し、 隔月にメルマガを発信しています。 今後の配信を希望されない方は以下にご連絡いただければ 幸いです。 東京長高会 連絡係 柳町明敏 e-mail: akitoshi.yanagimachi@ninus.ocn.ne.jp
この度は、 ≪学友だより≫には、高校4回の新井一章様から池田満寿夫の 思い出を寄せていただきました。 ≪講演会を聞いて≫は、12月13日の総会の前に開催された ジャーナリスト松本仁一様(高校13回)と田中秀征様 (高校11回)の講演を聞いて、を担当学年である高校33回 の山田和彦様の感想文を載せました。 ≪学年だより≫は、お願いしていた高校10回の野村元久様が 多忙のため、今回はお休みとし、2009年2月号にご寄稿いただく 予定です。 ≪幹事会だより≫には。母校同窓会に寄せられた信州大学工学部、 関野充様(高校23回)からの「ナノテクノロジー研究協力者の ご紹介依頼」を掲載します。
**********≪学友だより≫********** このコラムでは、同窓から記事を寄せていただいております。
荒井一章様は不忍画廊を主催され、池田満寿夫を世に出した一人 として知られていますが、高校時代には机を並べていた朋友でも ありました。 来年は13回忌を迎えるにあたり、交友を通して池田満寿夫の 素顔と才能の芽生えを寄せていただきました。 ――――――――――――――――――――――――――― 『私と池田満寿夫』 第4回卒 荒井 一章 私と池田満寿夫との交友は1949年(昭和24年)長野県立長野 北高(当時)一年の時から始まった。そして1997年(平成9年) まで48年間続いた。当時高校一年は12クラスあり、私と池田は 一年10組だった。五十音順に並び池田は私の後ろの席であった。 担任は国語担当の武井佳朝先生22才、東京高等師範(現筑波大) を出て二年目であった。 一年の時から彼はクラブ活動に加わり当時は美術班といったが、 絵をかくことに熱中していた。また彼は中学時代( 中学)より作文がうまく、私も読ませてもらったが卒業文集「互 に忘れじ 忘るまじ」に載った満州より引揚げる船旅の様子をつ づった文章は、14歳の少年のものとはとても思えないすばらしい もので、後年の作家の萌芽はすでに存在していた。高校の授業中、 教科書を立てそのかげで岩波文庫など読みふける姿を私も他の友 人も見ている。県立長野図書館の常連で、多くの学生は受験勉強 に行くのだが、池田は文学書、とくに志賀直哉や太宰治の本を読 みふけっていた。 高一の担任教師国語科の武井先生は、授業中によく小説の朗読 をされた。芥川龍之介の「羅生門」「鼻」、島崎藤村の「千曲川 のスケッチ」太宰の短編、漱石のものなど、声優の朗読の如く熱 っぽく読むのを、頬杖をついて聞き入っている池田の姿を私も見 ている。好きな学科には身を入れていたが、他は授業に出席する だけだった。 1950年(昭和25年、16歳)高校二年の1月、東京・日本橋三越 において毎日新聞社主催の第一回全日本学生油絵コンクール高校生 の部でアトリエ賞を受賞(「橋のある風景」池田満寿夫美術館所蔵) 学校中の話題となった。このおかげで目立たなかった美術班の存在 がクローズアップされた。しかし一方他の部員達の羨望と嫉妬の炎 は大変なものだったらしい。ちなみにこのコンクールの審査員は 安井曽太郎、須田国太郎、猪熊弦一郎、林武、脇田和など、日本洋 画壇のトップクラスであった。美術を志す若者にとって、天にも 昇る嬉しさであった。私たち同級生の間では、この話題でもちきり だった。1952年(昭和27年、18歳)長野北高卒業とともに上京、 アルバイトを続けながら画家への道を進んでいった。 1960年11月、国立近代美術館で行われた東京国際ビエンナーレで 文部大臣賞受賞とともに、版画家として池田は日本を代表するアー チストとなっていく。1961年(昭和36年)27歳の時、私の不忍画廊 で銅版画の個展が行われた。この時の池田のパートナーは先ごろ芸術 院会員となった詩人のT氏である。1966年(昭和41年、32歳)ベニス ・ビエンナーレでグランプリ受賞をはじめ各賞をたてつづけに受賞 しめざましい活躍ぶりであった。また文学の面でも1977年(昭和52年) 43歳の時「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞受賞、のちに監督となって映画 化などマルチアーチストとして活躍の場を広げていった。 私は池田の展覧会を何度も長野で行ったが、その都度彼は忙しい 合間をぬって展覧会場に来て講演、サイン会など応援してくれた ものである。 池田の華やかな女性関係もマスコミに話題を提供してくれている。 池田はパートナーが変わるたびに作品の傾向も変化している。 後年、池田は陶芸−焼き物にとりつかれてゆく。ここで最高の作品 を残した。般若心経をテーマにした陶のオブジェ作品数千点である。 この作品は今、三重県菰野町にあるパラミタミュージアムに並んで いる。イオングループ岡田文化財団の収蔵になる。私は池田の最高 の作品はこれではないかと思っている。
池田満寿夫の墓と荒井一章様
池田の死んだ日、1997年(平成9年)3月8日、熱海の寺の広間で目 も口も閉じた彼と対面したとき、私にひらめくものがあった。 池田のデスマスクを残そう。彼と親しかった彫刻家飯田善國氏に依頼 して作ることができたのはとてもよかったと思っている。 長野市松代町に小布施の栗菓子店の老舗(株)竹風堂による池田満寿夫 美術館が1997年4月開館した。ここの収蔵品の大半は私のコレクション である。
東京長高会の皆さん、帰長のおりぜひお出かけ下さい。 同窓の天才アーチストを偲んで頂きたいと心より願っています。
池田満寿夫美術館 (東京駅八重洲北口より2分) ※当画廊では毎年、池田満寿夫の命日にあわせて池田満寿夫 展を開催しております。 と浜口陽三(生誕100年)の 二人展を予定しております。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆≪学年だより≫☆☆☆☆☆☆☆☆ こんかいはお休みです。
★★★★★★★★≪秋の講演会を聞いて≫★★★★★★★★ ―――――――――――――――――――――――――― 12月13日に虎ノ門パストラルの総会前の講演を聞いて、 山田和彦様(33回卒)から寄せていただきました。 ――――――――――――――――――――――――――― 第1部「なぜアフリカを報道するのか?」 (講演者:松本 仁一/13回卒) 、「カラシニコフ」等のアフリカの現状を伝える著書を書かれている松本 さんが、1960年代のアフリカ独立の時代から現在にかけてのアフリカ を”アフリカが壊れ始めている”をキーワードに語られました。最初に子供 たちがうつろな目でカラシニコフ等の銃を、引き金に指をかけた状態で写 っている写真は、未だ世界の中で見れば安全な国”日本”にいる私にとっては 衝撃的な画像でした。 お話の中では、いくつかの例を挙げつつ、どのような世界的背景が現在の アフリカを作り出し、その影響が世界的にどのように広がっているのか、 さらに、その中に日本もあることを熱く語られました。 り、そのことが、資源の利権に絡み世界経済にも影響し、不安要因を作り 上げている。 また世界の交通網が発達し世界が小さくなったため、この不安要因が文明・ 文化の危機に繋がる危惧についてのお話が印象的でした。 (講演者:田中 秀征/11回卒) で入閣された田中さんが、石橋湛山を中心に、 政治家の資質について話さ れました。 まさに、今、熱く語られるべき内容で、首相に求められる資質としての”重み”、 ”判断力”、”決断力”、”強い思い入れ”、さらに首相をサポートするチームにある べきバランス感覚について説かれました。 この資質の重要性について歴代首相を例にわかりやすく説明してくださいました。 また、日本における”国土が狭い”、”人が多い”、”資源がない”という潜在している 問題から派生する”膨張主義”とその対岸の”抑制主義”については、政治の場面 だけでなく様々な組織の運営でも重要な考え方だと感じました。 最後に、今回の給付金問題で、世論の多くが”必要なし”と答えていることについて、 田中さんが”人々は気がついている。まだ、希望は捨てていない”と、おっしゃって いたことが心に残りました。
※※※※※※※≪幹事会だより≫※※※※※※※※※ ――――――――――――――――――――――――――― 母校同窓会から、在京の皆様にご案内くださいと 信州大学工学部 関野充様(高23回)からの手紙です。 ――――――――――――――――――――――――――― 長野高校同窓会会長 塚田 佐様
突然ご連絡いたしまして申し訳ありません。 私は、昭和46年卒の「関野 充」と申します。東北大学/工学部、 日立を経て今年の7月から信州大学/工学部の遠藤守信先生のカーボン ナノチューブに関する産学官連携プロジェクトに従事しております。 今後最低5年間ほどは継続するプロジェクトです。 今回ご連絡申し上げましたのは、小生のように企業で従事して地元 に帰ってきたいと言う同窓生の方がおられましたら、是非ご紹介戴き たいと思ったからです。 ご存じの様に、国立大学の法人化により信州大学も各種指標により 大学間の競争にさらされております。他大学に先立って多くの研究成果 を短期間に成し遂げるために、企業で経験を積み重ねた方の協力を必要 としています。 近年、ナノテクノロジは驚異的な進歩を遂げておりまして、信州大学 発のカーボンナノチューブの基礎研究、実用化研究は今や旬であります。 特にこのナノ分野では、電子顕微鏡などの高度計測機機器を使いこな して、目に見える成果を出していただける方のご協力、ご支援を必要と しております。 産学官の強力な連携の下、生まれ育った地元長野県の産業振興にご協力 を戴ける方のご紹介について、是非とも会長のお力添えを戴きたく宜しく お願い申し上げます。 以上
■遠藤守信教授/研究室HP http://endomoribu.shinshu-u.ac.jp/member_j/endo.html
信州大学 工学部 〒380-8553 長野県長野市若里4-17-1 TEL : 026-269-5656(代) FAX : 026-269-5667 (内線 : 5587) E-mail : sekino@endomoribu.shinshu-u.ac.jp
*******************≪編集後記≫******************** 12月13日に開催された総会は、飛び入りのご出席者も多く 171名が参加され盛況でした。 総会準備に追われメルマガ12月号は、年末ぎりぎりとなって しまいました。 お忙しいにもかかわらず、原稿を寄せていただきました皆様に 厚く御礼申し上げます。 芸術の道に進まれた同窓は少ないように感じるのは私だけでしょうか? 荒井一章様から寄せていただいた池田満寿夫は、稀有な才能とそれを 育んだ同朋や環境に思いをはせる内容でした。 経済環境は急速に悪化し、厳しい来年が予測されますが、皆様方に おかれましてはよいお年をお迎えくださるようお祈りいたします。
208年12月28日 編集長:小池俊介 編集委員:左治木幹夫、榎本功子、柳町明敏
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