東京長高会は関東在住の長野高校出身者による交流会です。

当会は同窓の交流を促進するため年に3回の講演会を企画し、隔月にメルマガを
発信しています。

今後の配信を希望されない方は以下にご連絡いただければ幸いです。

  東京長高会 連絡係 柳町明敏

  e-mail: akitoshi.yanagimachi@ninus.ocn.ne.jp

この度は、≪学年だより≫に高校9回卒から寄せていただきました。

また、≪学友だより≫には高校42回の三神万里子様から寄せていただきました。

≪幹事会だより≫には、「秋の講演会」のご案内と特別企画「多くの若い同窓が参加できるには」を
掲載しました。

☆☆☆☆☆≪学年だより≫☆☆☆
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毎号、学年の交流の様子や同期の消息・活躍の様子などを寄せていただいております。

この度は、9回から学年代表幹事の小粥節子様が、「東京北ラス会」の活動について寄せて
いただきました。

 

踏みゆく大地の50年

           長野北高第九回卒業 東京北ラス会  小粥 節子

昨年、平成19年には、われわれ北高健児も卒業して50年という節目を迎える年となった。

卒業以来それぞれの人生をしっかりと歩んできたという歴史をきざんだ年齢でもある。

サラリーマンであった人たちはそれまで背負っていた責任を果たし、仕事から解放されている。

定年の無い世界にいる人々も、少しは最前線から手を引いていい年でもあろうし、家庭もそれ

なりに落ち着いていると思われる。

世の中には定年後のお父さんたちをして、濡れ落ち葉(少

し古い表現だろうか)とかいうこともあるようだ。しかしこの北ラス会の仲間に関しては、

その心配は余り無いかのように、会員それぞれが活発に動き回っているようだ。

北ラス会は今日まで、節目毎に標題のような、立派な記念文集を発行してきた。

卒業20年より、25年、30年、40年、そして最新刊50年まで、200ページ余に

及ぶ文集を発行してきたが、この実績は余り他に例を見ないものではないかと思われる。

東京北ラス会はこの文集によると昭和45年からほとんど途切れることなく今日まで例会を

持ってきた。その草創期に名簿の作成からはじめて、学年をまとめていく下ごしらえの段階では

才口千晴君、加畑高治君等々の功績が大きい。

現役の社会人として忙しいさなか、世話役に徹してくれた仲間がいたのでこの東京北ラス会は

順調に育ってきた。

 

今日の東京北ラス会は、毎年春の連休に例会を持っている。だんだん出かけるのが億劫になる

年齢かとも思われるが、毎年新しい参加者があったりして、決して参加者が減ってはいないのも、

うれしい限りだ。ここでは仲間の中から今年の人を選ぶこと、また、それぞれの分野での

トピックスを持ち寄り、そのスピーチに皆で耳を傾けるという企画が定着している。

医者の話、海外生活の長かった人の話、等々である。これまで付き合いの無かった者同志が、

ここで改めて仲間の絆を深めるきっかけになったりするのも、この会のうれしいおまけだ。

さらに、二ヶ月に一度、山木会と称して、有志で集まる会をもち、こちらは出欠の取りまとめ

もせず、気の向くままに、飲みたい、話したい人だけ集まることにしている。常時10〜15名

くらい、都合の付く面々が集まり、そこからまた新しい企画、友情が生まれることもあって、

さまざまな情報交換の場となっている。私の関与しているものでは、ウォーキングの延長線上に

あるものとしての観音巡礼がある。出来るだけ徒歩で歩くことを目標に、秩父34ヶ寺を手始めに、

坂東33ヶ寺を歩き、今は信州33ヶ寺を10名ほどで歩いている。

1〜2泊程度の巡礼を繰り返して、信州は5回で終了予定、最後は一応100観音巡礼の満願と

いうことにして、10月に紅葉の別所温泉で万歳をする予定になっている。

楽しい同期会も健康あってのもの、皆が元気で、今後もこのような活動が続くようにと願って

いるところである。

 

 

****≪学友だより≫****

このコラムでは、同窓から記事を寄せていただいております。この度は高校42回の
三神万里子様からいただきました。

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「北七会と丸八会」

 

長高のOBマネジメント・読売新聞コラムによせて

 

ジャーナリスト・キャスター・信州大学経営大学院客員准教授 三神万里子

  http://www.ne.jp/asahi/journal/marikomikami

 

 

◆OBの知は、同窓会から

 

 2008113日、筆者が連載している読売新聞の連載コラム「ビジネス5分道場」で

長高七期同窓会、北七会の話を書いた。

 OB活用のマネジメント方法は大きく分けて6パターンほどあるが、日本国内のそれ

はまだまだ発展途上にある。

 この中で、全国でも珍しい先端的な動きを見せているのが、北七会なのだ。

 

 以下が、読売新聞所収の記事である。

 

 200711月、八十二銀行のギャラリーで一風変わった会が開かれた。オリンピック時

に改築されたJR長野駅舎を、かつての姿―善光寺に似た仏閣型―に戻す提案をするデザ

イン画と、建築模型の展示である。主催は長高の第七期卒同窓会「北七会」の有志約四○名だ。

住職やデザイナー、元技術者など職業は様々で、今年72歳になる。

この観光を意識したまちづくりの提言に触発され、地元住民の間では署名運動が起きている。

企業退職者の「地域デビュー」は一般に、個人がばらばらにボランティア活動などに参加し、

企業時代との落差に苦しむ。ところが同窓会を介して仲間が集まり、単なる飲み会ではない

プロジェクトに取り組むと話が速い。思春期に染み付いた校風が呼吸のように共有されているためで、

特に年長者は結束が強い。

阿川弘之著『大人の見識』(新潮新書)は、旧き良き時代の独特の気風を、旧制中学や海軍の

伝統を例に説く。年月を経てもツーカーで意思疎通が出来るのは、柔軟であっても礼儀正しい

態度や、道徳観のバックボーンが受け継がれているからとする。この、能力や精神をまとめあげる

見えない力を司馬遼太郎は「文化遺産」と評したそうだ。大人の見識とはこうした風土を備えた上で

「じっくりと炊き詰めたスープのような知」を新しい課題に使うことと著者は結ぶ。

実は企業社会でも、規律や金銭だけで人が繋がる組織より、風土や文化で行動できる組織のほうが強い。

これは長期経営をする同族会社のみならず、多国籍企業の経営陣からも耳にする見方だ。

五木寛之著『人間の関係』(ポプラ社)は、若い世代が人とのつながりを利益の源に見立てている

危険性に触れ、人間関係は単なる利益の共同体ではもたないとする。旧来の学閥や地縁は、強さの

本質が無償の交友にあり、相手を利用することではないという。

今後の退職者は、これを知る世代だろうか。観光研究や起業家支援など、同窓会で知を組織化し、

地元に還元する先輩退職者が各所で出始めている。

 

◆産業のはじまりを作る「カフェ」的な動き

 

 親睦会とビジネスの中間的な役割で、地元の全体像がわかること。

 メンバーのキャリアがバラエティーに富み、利害関係を超えた結束と文化を持つこと。

 

 この人的な基盤がある地域は、地道な継続成長と磐石さを見せる。

 

 北七会はOB界と同窓会ネットワークを融合させた先端事例だが、現役の財界人でこうした

仕組を戦後脈々と持ち続けているのが、名古屋である。

 

名古屋の「丸八会」という組織は、通常の財界と異なり、業種でも年齢でも企業規模でも区切られ

ない集まりだ。

一部上場企業の支店長と地元企業、官庁出先機関のトップの集まりで今年創立60年になる。

現在会員は900名弱。他の親睦会が年々、人数規模を縮小しているのをよそに入会希望者は増え

続けており、会員の異動に伴って東京、関西、九州に支部を広げる。
  5万円程度の年会費以外は参加の都度1万円を払う。現会長で盛田エンタプライズ会長の盛田和昭氏

(ソニー創業者の故盛田昭夫氏の実弟)は、「名古屋は小さくも大きくもなく、経済の全体像を把握

するのに丁度いい規模です。丸八会も同じ。偏りなく皆さんに会えて自由度が高い」と話す。
 月に一度の会合は、会話を重視した立食形式で入退室も自由だ。ただし商売の話は自制する暗黙の了解

がある。それでも丸八会に入るのは、気楽さと理性が交わるこの場を楽しみたいからだ。
 似た例がトム・スタンデージ著『世界を変えた6つの飲み物』(インターシフト)に登場する。

17世紀にフランスのカフェと英国のコーヒーハウスで起きた現象だ。当時は哲学や建築、金融など分野別

に店があり、興味を持つ人が集った。ロンドン証券取引所や保険市場ロイズも前身はコーヒーハウスである。
 店が単なる飲食の場に終わらず、創造的な対話を生み続けることができたのは、コーヒー代だけで各界の

全体像が把握できる気楽さと、参加者が私利私欲に走らない理性的な雰囲気を両立させていたからだ。英国の

経済誌『エコノミスト』編集者で歴史家でもある著者は、国と民間に革新が起きる時には、こうした公私を

つなぐ中間的な場が重要だと指摘している。
 製造業の地、名古屋から拡大し続ける丸八会は今後、どんな動きを見せるのだろう。

現在、日本各地で地域経済活性化を目指す交流拠点作りが増えているが、鍵は「カフェ的な理性」にある

のかもしれない。

 

北七会と丸八会。

両者に共通しているのは、一定の倫理観と中立性、結束力、そして地元に対する深い愛情である。

これらは数値で測定することができず、金額や目に見えるモノでもない。

しかし経済活動が樹木だとするならば、根を強くし土壌を豊かにするのが彼らの存在だろう。

 

OB界と現役界で、文化遺産を作る人々である。

※※※※≪幹事会だより≫※※※※

「秋の講演会ご案内」

来る912日(金)午後630から、テレビ天気予報で親しまれた気象予報官倉嶋厚様(長野中学41回卒)が

「お天気キャスターのよもやま話」という内容で講演されます。

会場は虎ノ門パストラル 新館5階ローレルの間で、参加費は7,000円です。

改めて学年幹事からもご案内いたしますが、以下先に直接申し込むこともできます。

  東京長高会連絡係 柳町明敏 e-mail:akitoshi.yanagimachi@ninus.ocn.ne.jp

    東京長高会ホームページ 連絡 e-mail:info@tokyo-choukou.com

倉嶋厚様は大正13(1924)長野市生まれ長野中学41回卒で、昭和59(1984)気象庁定年退職後、

NHK解説委員、現在フリーの気象キャスターとして現役で活躍されています。

奥様を亡くされ「うつから生還」された一人です。

著書には、「暮らしの気象学」(草思社)、「やまない雨はない〜妻の死、うつ病、それから…」

(文芸春秋)、「癒しの季節ノート」(幻冬舎)など多数があります。

 

多くの若い同窓が参加できるには」

当幹事会では、当会は同窓の縦の糸を広げるのが役割と考えており、最近では特別企画

多くの若い同窓が参加できるには」を推進しております。

当会の担当学年になって初めて当会の存在を知ったという人が多く、一方、若い同窓からは、

大学時代から当会の存在を知っていたいとの意見がありました。

今まで各氏から頂いた意見をまとめると、

@どのように連絡網を広げたらよいか? 

A若い人が参加しやすくするにはどうしたらよいか? 

の2点に集約されます。

ご意見があったら、どしどし幹事までご連絡ください。

 連絡先

東京長高会連絡係 柳町明敏 e-mail:akitoshi.yanagimachi@ninus.ocn.ne.jp

    東京長高会ホームページ  e-mail:info@tokyo-choukou.com

*********≪編集後記≫**********

=団塊の世代の責任= 

 モラロジー研究所理事長・廣池学園理事長の廣池幹堂(ひろいけもとたか)氏の提言に寄せて。

 

 現今の日本社会では若者による無差別殺人、家庭内殺人が頻発し、暗澹たる気持ちになるが、

団塊ジュニアが引き起こす例が少なくなく、親世代がしてきたことに反省の目を向ける必要がある

のではないか。と言うのも、およそ800万人いるいわゆる団塊の世代は、戦後の貧しい中に生まれ、

一生懸命に働く親世代の背中を見て育ち、親を大切にする心が自然のうちに養われた。きょうだいや

友だちが多かったので、他を配慮する心や公共心もおのずと培われた。親や学校の先生は戦前の

教育を受けた人たちで善悪の判断に迷いがなく、子供が悪いことをするとキチンと叱った。おかげで

団塊の世代は人間としての最低限の常識やマナーを身につけることができた。社会に出ては親世代に

倣って一生懸命に働き、会社のため家庭や健康も犠牲にして仕事に没頭した。奮闘努力すれば、

昨日より今日、今日よりも明日と、会社も自分の生活もよくなる”明日への希望”があった。それが

日本の右肩上がりの経済発展を支えた。反面家庭を顧みず、子供たちは置き去りになり、家族の絆が

希薄になった。子供たちは身近に怖い存在もなく、物は豊富なので明日への希望も持ちにくく、虚しい心

のまま青年になり、何か面白くないことがあると我慢できないで捌け口を他に求め、人を傷つけてしまう

のではないか。経済中心で家庭を顧慮しなかった団塊世代にはこうした歪みを直す責任があると思うが

いかがか。団塊世代は戦前の日本が持っていた良き国民性ー勤勉、正直、質素、忍耐、倹約、親孝行、

和の精神などを親世代から直接叩き込まれた最後の世代といえる。その世界に誇る日本の良き国民性を

次の世代にしっかり伝えるべきで、残された時間は決して多くはない・・・・・という氏の提言である。

 

 これを読んで、単身赴任生活が22年目となるまさに団塊世代の小生も耳が痛いところもあるが、ちょっと

待ってよと言いたい。切り口があまりにも偏っていないだろうか?いかにも宗教家の捉え方だと思う。

とは言うものの、最後の年金をもらい逃げしようとしている団塊世代としての反省はある。全額支給停止ながら

小生も遂に今年”年金証書”を手にした。しかし子供たちはこの保証がないのだ。グローバルに変化する

世界情勢の中で、格差社会を生み出し、一体日本の大人たちは何をしてきたのだろうか。我々団塊の世代だけの

責任ではあるまい。が、責任の一端を恥じ入り、長野に還ってから何ができるか考えつつ、あと数年の単身赴任を

頑張る所存です。嗚呼・・・・・

 

2008826

編集長:小池俊介

編集委員:左治木幹夫、榎本功子、柳町明敏

 





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